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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2592号 判決

一、控訴人が特許第一八八、八五八号「鉄道車輛の車体自動洗浄装置」の特許権を有すること、及び右特許発明は、訴外横田半蔵の発明にかゝり、同人において昭和二十五年四月十八日特許出願、昭和二十六年四月二十四日特許出願公告昭和二十六年七月二十三日登録せられたものであり、その後控訴人において昭和三十二年六月三十日右特許権の譲渡を受け、同年七月二十九日その登録を経たものであることは当事者間に争いがない。

そして右特許明細書の「特許請求の範囲」の項に、「軌道の両側に対設せる機枠に刷毛を植設せる回転軸を前進又は後退して調節し得べくなしたる支持具に回転自在に取付け車輛が両側の刷毛の間を進行したる時該車輛の進行方向に対して刷毛を植設せる前記回転軸を支持具を軸心として若干擺動し又は擺動せざるべくなし刷毛を植設せる回転軸の側方に放水管を配置し上記回転軸を原動機にて連動回転して車体の両側を洗浄せしむることを特徴とする鉄道車輛の車体洗浄装置」と記載されていることも当事者間に争いがなく、また、その成立に争いのない甲第二号証によれば、右明細書中「発明の詳細なる説明」の項にはその第一文において「従来鉄道車輛の車体を洗浄するため、通常検車区の引込線の両側に支台を設けて水栓を配置し、該引込線に汚損せる車体を導入して人為的に水洗拭掃したり。従つて車体は使用に堪えざる程度迄汚損したる場合洗浄することゝなり、多大の人的労力と時間とを費消する重大欠点ありたるものとす。」と従来のこの種の装置の欠点を述べた上、第二文において本発明の内容を、前記「特許請求の範囲」に記載したと同様の記述をした後、「本発明は……を特徴とするものなるが故に、車体の洗滌に全然人手を要せず、単に放水管より刷毛に水を給与し、該刷毛を植設せる回転軸を回転せしめ置き、両刷毛間を車輛が通過する度毎に車輛の洗浄を行い得られ従つて常に清浄なる車輛を運転使用することを得て車輛の保守上劃期的貢献をなしたるものとす。」と本発明の目的を記載し、第三、四、五文において実施例に基づき、本発明の装置の作用、効果を記載しているものであることを認めることができる。

二、そこで、右明細書における「特許請求の範囲」の項の記載と「発明の詳細なる説明」の項の記載とを総合すると、本件特許発明の要旨は、

(一) 軌道の両側に支持具を設けた機枠が対設せられ、

(二) 機枠の支持具に、刷毛を植設した回転軸が回転自在に取り付けられ、

(三) 刷毛を植設した回転軸が前進又は後退し得るように調節され、

(四)車輛が両側の刷毛の間を進行したとき、回転軸は車輛の進行方向に支持具を軸心として擺動し得るようにし、

(五) 回転軸の側方に放水管を配置し、

(六) 回転軸は原動機で連動回転して車体の両側を洗浄することができるようになつている各要素を結合した鉄道車輛の車体自動洗浄装置にあるものと認められる。

控訴人は、右各構成要素のうち(一)、(二)、(五)、(六)を結合したもの(もつとも(一)については、「軌道」は装置ではなく、機枠を設置した場所を示すものに外ならないとする。)が、本件特許発明の要旨と解すべきであると主張するが、右(三)及び(四)も出願当時の特許法施行規則(大正十年農商務省令第三十三号)第三十八条第五項において「発明ノ構成ニ缺クベカラザル事項ノミ」を記載すべきものとせられている「特許請求の範囲」の項に記載されたばかりでなく、「其ノ発明ノ作用、効果」等を記載した「発明の詳細な説明」の項第三文には、「(前略)該機枠に支筒(4)(上・下・左右に対をなす(4)(4)及び(4)´(4)´等を単に、その一つのみ表示する。以下同じ。)を横設し、該支筒に支持具(5)の突子(6)を嵌入せしめ、該突子に支筒に回転自在に設けた螺子杆(7)の一端部を螺込み、該螺子杆の他端に傘歯車(8)を設け、該傘歯車に機枠に支架せる転軸(9)の両端に固設せる傘歯車(10)を咬合せしめ、傘歯車(9)に転把(11)に設けたる傘歯車を咬合して、上記転把を回転することにより螺子杆(7)を回転支持具(5)を前進後退して調整す。(中略)該回転軸の一端に歯車(14)を設け、該歯車に上記支筒に緩通支持せしめたる軸(15)の一端に設けたる歯車(16)を咬合せしめ軸(15)の他端に自在接手(17)を介して傘歯車(18)を連結し、該傘歯車に駆動軸(19)の両側に設けたる傘歯車(20)を咬合せしめ、該駆動軸の一端に調車(21)を設け該調車と電動機(22)軸とに調帯(23)を懸架して駆動軸(19)を伝導回転せしむ。」とし、第四文には、「(前略)回転軸(12)にバネ(26)の一端を懸架し、該バネの他端を機枠(3)に第四図の如く張設す。従つて車輛(27)が、第四図矢印の如く進行すれば、バネ(26)を伸長しバネ(26)´を収縮して回転軸(12)を支持具(5)を軸心として矢印方向に擺動せしむ故に車体(27)の側面を刷毛を適当の圧力にて弾持しつゝ回転して洗浄せしむ。」また、第五文には、「(前略)刷毛が使用により摩耗したるとき、又は車体と刷毛との接触状態を調節するには、前記の如く転把(11)を回転して螺子杆(7)を回転し、支持具(5)を前進せしめ又は後退せしめて適宜に調節す。」(下略)と、実施例に基づいて(三)の前進後退装置及び(四)の擺動装置の構造及び作用を詳細に記述し、これが「車体の洗浄に全然人手を要せず、単に放水管より刷毛に水を給与し、該刷毛を植設せる回転軸を回転せしめ置き、両刷毛間を車輛が通過する度毎に車輛の洗浄を行い得られる」本件車体自動洗浄装置の目的を達する上に密接な関連を有するものであることが明らかであるから、右控訴人の主張はこれを採用しない。

一方被控訴人は、本件特許明細書の「特許請求の範囲」の記載からは、可能な技術としての鉄道車輛の車体自動洗浄装置を把握することのできないのはもちろん、技術的範囲をも定めることもできないから、特許権侵害行為差止請求権は発生せず、また、控訴人の主張は、所定の手続を経ずして「特許請求の範囲」を訂正するものであつて法律上許すことができないと主張するが、当裁判所が前に示した本件特許発明の要旨の認定に徴しても、これらの主張のいずれも採用するに由のないことは明白である。

三、被控訴人株式会社中島田鉄工所が、目録装置を、昭和三十三年頃から製作して、被控訴人万歳自動車株式会社に販売し、被控訴人万歳自動車株式会社が、これを販売しており、目録装置が、原判決添付の別紙(二)記載のとおりの構造を有するものであることは、当事者間に争いがない。

いま目録装置を、先に認定した本件特許発明の要旨の順に従い、控訴人がこれに相応すると主張する部分に分けて記載すると、(左右一対のものは、片側のみを記載する。)

(A) 車輛洗浄室(2)の左右に、車輛の進行方向に傾斜している傾斜支柱(3)を立て、その上下にそれぞれ腕金(5)(6)を取り付け、

(B) 傾斜支柱(3)に旋回自在に取り付けられた腕金(5)(6)の先端間に、円〓形刷子(7)のを傾斜状態に架設し、

(C) 腕金(6)下に突設した支片(11)に、左右各端に雄ねじ(18)を刻設し、この雄ねじ(18)に止金(12)をねじ込んだ連杆(13)を貫通横架し、支片(11)と止金(12)の内側の座板(17)との間に押ばね(14)を介在し、支片(11)の内側に押ねじ(16)にて連杆(13)に固装した止金(15)を設け、

(D) 車輛洗浄室に噴水管(1)を設け、

(E) 腕金(5)の基部に円〓形刷子を回転させる電動機(9)を設置した車輛自動洗浄装置とすることができる。

そこで本件特許発明の要旨と目録装置とを、その構造の各部について比較考察するに、後者の(A)は、「軌道」の点をしばらく除外して、前者の(一)のその余の部分と、(B)は(二)と、(D)は(五)と、(E)は(六)と、全く同一であるか或いは単なる設備変更に過ぎないものと認められ、また、前者における(四)の擺動装置は、その構成、作用、効果における相違の主張を含みながらも、後者もまたこれを備えていることは、被控訴人も認めているところである。

四、よつて次ぎに、前者の(一)において留保した「軌道」及び(三)の前進後退装置と、後者の(C)とについて考察する。

前者の(三)、すなわち本件特許装置において、「刷毛を植設した回転軸が前進又は後退し得るように調節され」ていることは、前に認定した明細書中の「刷毛が使用により摩耗したるとき、又は車体と刷毛との接触状態を調節する」との記載に徴し、車輛の洗浄に当たり、刷毛をその間を通過する車輛の両側にできるだけ接着せしめるため、刷毛を植設した回転軸を、刷毛の摩耗状態又は刷毛間を通過すべき車輛の広狭の幅員に合わせて、適宜前進又は後退せしめて、両者間の距離を調節しようとする作用を営むものであることは明らかであつて、このことから洗浄されるべき車輛は、常に一定した「軌道」の上を通過し、その幅員を基準として、刷毛を植設した回転軸が前進または後退するものと解せられ、また、この軌道上を通過する広狭さまざまの車輛の幅員に即応して、刷毛を車輛の両側にできるだけ接着せしめるためには、刷毛を植設した回転軸は洗浄の都度容易に前進後退せしめてその間の距離を任意に調節せしめることを要し、すなわち、この前進後退は広い意味の洗浄行為自体の一部をなすものと解せられる。

これに対し、後者の(C)において、支片(11)の内側に接する止金(15)は、押ねじ(16)によつて連杆(13)に固装されたものであるから、支片(11)すなわち円〓形刷子(7)を架設した腕金(5)(6)は、そのまゝの状態においては、(押ねじ(16)をゆるめ、止金(15)が連杆(13)上を自由に動くことができるようにするのでなければ)止金(15)を超えて内側に前進することは不可能であり、また、外側に向かつても、連杆(13)の端部に刻設された雄ねじ(18)にねじこまれた止金(12)(京王帝都電鉄株式会社自動車部世田谷営業所構内に設置された車体自動洗浄装置における止金(12)は、ダブルナツトによつて固く止められていることが、同所における検証の結果によつて認められた。)によつて阻まれ、支片(11)は、これと止金(12)の内側の座金(17)との間に介在する押ばね(14)の抗力の許す限度において後退するものであつて、その限度を超して外側に後退することは不可能である。

おもうに、後者における(C)の装置は、円〓形刷子(7)(本件発明の装置における刷毛にあたり、以下「刷毛」という。)の間を通過する車輛が左右へ動揺することを予定し、車輛の外方への触れによつて刷毛が外側へ押された場合、支片(11)は、この圧力により押ばね(14)の抗力の範囲内において外方へ押し進められるが、やがて押ばね(14)の復原力によつて(被控訴人は傾斜支柱の傾斜しておる点と重錘の作用を主張するが、しばらくこれを除外する。)内方へ押し戻され、これによつて刷毛が常に車輛の両側に接着するように、刷毛と車輛との間を調節せしめようとするものであつて、刷毛の間を通過する車輛が常に一定した「軌道」の上を進行することを必要とするものではなく、また、通過すべき車輛の幅員に合わせて適宜刷毛を前進又は後退せしめて両者間の距離を調節しようとする作用を営むものでもない。

もつとも、目録装置においても、止金(15)及び(12)を緩め、これを前後に移動せしめることにより、支片(11)、従つて、刷毛をその間を通過すべき車輛の広狭の幅員に応ずるよう適宜前進後退せしめることは可能であるが、これはこの装置を装備するにあたり、あらかじめこれを使用すべき車輛の幅員を測定し、両側の刷毛の間隔がこれに応ずるように調節装備(セツト)すれば足り、一旦このようにセツトした以上、止金(15)、(12)はこれを緩め、車輛洗浄の都度前進又は後退せしめて調節することを必要とせず、極言すれば、これをそのまゝに固着せしめても目録装置は、刷毛の間を通過する車輛を自動的に洗浄するについて、固着しない場合と同様の作用効果を奏することができ、すなわち目録装置のこの意味における刷毛の前進後退は、特許発明のそれと異なり、前述した洗浄行為自体の一部をなすものではないと解せられる。

五、以上説明するところにより、目録装置は、本件特許発明が要旨とする(一)のうち「軌道」の存在を前提とせず、また、(三)の意味における「前進、後退の装置」を具備しないものであるから、その余の争点に対する判断をまつまでもなく、本件特許権の権利の範囲に属しないものといわなければならない。

してみれば目録装置が本件特許権の権利範囲に属することを前提とする控訴人の本訴請求はその理由がなく、これを棄却すべきものとした原判決は相当である。

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